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大阪地方裁判所 昭和59年(ヨ)1630号 決定 1984年7月03日

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別紙のとおり

主文

一  被申請人は、申請人らに対し、別紙賃金表記載の各三倍の金員をそれぞれ支払え。

二  被申請人は、申請人らに対し、昭和五九年七月から同年一二月までの間、毎月二八日限り、別紙賃金表記載の各金員をそれぞれ支払え。

但し、右期間中に、被申請人の斡旋により申請人らが就職した場合には、当該申請人に対しては、以後この限りでない。

三  申請人らのその余の申請は、いずれも却下する。

四  申請費用は、被申請人の負担とする。

事実

(申請の趣旨)

被申請人は、申請人らに対し、昭和五九年四月から、申請人らが就職するに至るまで、毎月二八日限り、別紙賃金表記載の各金員をそれぞれ支払え。

(申請の趣旨に対する答弁)

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は、申請人らの負担とする。

(申請の理由)

第一被保全権利

一  申請人らは、いずれも昭和四七年六月から昭和五七年三月にかけて、砂利類販売、生コンクリート(以下「生コン」ともいう。)製造販売を主たる目的とする箕島興産株式会社(以下「箕島社」という。)に入社し、昭和五七年一一月一〇日(徳野賢二については同年一〇月三〇日)解雇されるまで、生コンミキサー車等の運転業務に従事してきたもので、生コン産業の労働者などで組織された全日本運輸一般労働組合関西地区生コン支部(以下「生コン支部」という。)の組合員であったが、現在は、昭和五九年三月五日生コン支部から分裂して組織された関西地区生コン支部労働組合(以下「関生労組」という。)の組合員である。

二  被申請人は、昭和五二年三月三日中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合で、大阪市内在住の生コン製造業者で構成されており、生コンクリートの共同販売を主たる目的としている。箕島社も被申請人の準会員(員外利用者)である。

三  箕島社は、昭和五七年一〇月二八日、突然工場を閉鎖し、従業員全員の解雇を行った。そこで、生コン支部は箕島社及び被申請人に対して、企業閉鎖及び解雇を撤回するよう要求し、それぞれ数回の交渉を行った結果、昭和五七年一二月一三日、被申請人と生コン支部との間に次の内容の雇用保障契約(以下「本件契約」という。)が締結された(<証拠略>)。

1 被申請人は、申請人らの雇用保障を行う。

2 被申請人は、申請人らに対し、同人らが再就職するまで、最低保証額三〇万円に各人の交通費、労働者負担分の社会保険料等を合算した賃金相当額を毎月二八日限り支払う。

四  被申請人は、右契約後昭和五八年五月まで、本件契約に従い、申請人らに対し、右賃金相当額(別紙賃金表記載のとおり。)を支払ってきたが、同年六月分以降の支払をほぼ次の理由により打切った。

「被申請人は、申請人らに対し、阪南産業有限会社(以下「阪南産業」という。)への就職を斡旋するまでの間雇用保障を行う旨約束し、これに基づき申請人らに対し、阪南産業への就職を斡旋したにもかかわらず、申請人らは同社に入社する意思のないことが明らかになったために不採用となったのであるから、阪南産業へ就職できなかったことは、被申請人の責任ではなく、被申請人はその義務を充分尽したものである。よって、被申請人の雇用保障義務は消滅した。」

五1  しかし、被申請人主張の右理由は全く根拠のないものであり、被申請人の本件契約に基づく雇用保障義務、賃金相当額支払義務は、以下に述べるとおり、消滅していない。

2(一)  被申請人は生コン製造業者の共存共栄を計るために、生コンの共同受注、共同販売を目的とする生コン業者の協同組合である。右目的を実現するために、大阪市内における生コンの需要はすべて被申請人が注文を受け、それを予め被申請人のシェア委員会で過去の出荷実績や操業規模に応じて決定した割合(以下「シェア」という。)で、加盟各社及び員外利用者(準会員)に割当て、加盟各社は割当てられた出荷量の範囲内で販売する仕組となっており、加盟各社が自ら顧客から注文を受けた場合でも、右シェア以上に販売することはできない。共同受注、共同販売の実を挙げるために、加盟各社の生コン製造能力も右シェアに応じたものに制限されており、被申請人の同意なくして、生産能力を拡大することはできない。

(二)  従って、被申請人加盟会社が廃業する場合には、シェアを被申請人に返上し、被申請人が新たに加盟会社にそのシェアを割当てるのであって、被申請人を除外して、加盟会社相互の直接取引によって、シェアを変更することはもとより、自己の生産設備や労働債権等を含む有機的組織体としての営業も自由に譲渡することができないのが原則である。そのために、加盟会社が廃業する場合には、被申請人が、廃業者の生産設備及び労働者債権を含めた有機的組織体としての営業の損失を保障することになっている。労働者を含めるのは、プラント等の企業設備は労働者の手によって始めて、個々のプラント類の単なる総和以上の価値を保有することになるために、そこに働く労働者を含めて評価しない限り、廃業者の利益が損われるからである。又廃業によって失職する労働者の同一労働条件の雇用を確保しない限り、生産設備等の廃業手続が円滑に進まず、廃業そのものが不可能となりかねないからである。被申請人が申請人らの雇用保障をしたのは、まさに右の趣旨に基づくものである。従って、被申請人は、申請人らが新たに就職するまで、申請人らに対し、雇用保障即ち同人らが従前箕島社で有していたと同額の賃金相当額を支払い、且つ、従前の労働条件を下回らない労働条件の就職先を斡旋する義務を負担したのである。

3  そして本件契約に従い、被申請人と生コン支部との間で申請人らの再就職先について交渉を重ね、昭和五八年四月一三日それを阪南産業とすることに決定した(<証拠略>)。

これは、同社に箕島社のシェアが割当られたところから、阪南産業が申請人らを最も採用しやすい立場にあるので、同社が第一候補として挙げられたものに過ぎず、被申請人の雇用保障の義務が同社への就職斡旋だけに限定されたわけではないのである。けだし、阪南産業と申請人らの労働条件等の話合の結果、阪南産業が申請人らを採用しない場合も充分ありうるからである。

しかしながら、本件契約の趣旨内容からすると、申請人らの新たな就職先は、申請人らが従前獲得していたのと少くとも同程度の労働条件を確保できる会社でなければならない。このことは、被申請人が賃金保障として支払っていた賃金相当額が箕島社のそれと同額であったこと、及び、被申請人は箕島社に対しても申請人らの雇用保障を約束していること(<証拠略>)などからも明らかである。

従って、被申請人の斡旋した新たな就職先の労働条件が、申請人らが箕島社で獲得していたものより悪化するような場合には、そのような会社に対する就職斡旋に対して、申請人らは拒否することができるといわざるをえない。その場合には、更に適当な就職先が見付かるまで、被申請人は雇用保障の義務を負担するのである。

4(一)  申請人らは被申請人の斡旋により、昭和五八年五月二一日阪南産業に面接に行ったところ、同社の社長から、「当社では同和問題の理解が入社の絶対条件で、入社後にも右問題に関する活動を積極的にやってもらわねばならない。」などといわれ、同和問題に関する面接試験が行われたため、右問題についての知識が充分でなかった申請人らは、いずれもこれに解答することができず、再度行われた同社の面接試験においても同様の問題が出されたために、申請人らはいずれも前回と同様答えられず、結局不採用となった。

(二)  以上の経過から明らかなように、申請人らは阪南産業に就職する意思をもって二回も面接試験を受けているのであるから、同社に就職する意思がなかったという被申請人の主張の前記理由は全く根拠がない。

申請人らが従前従事していた箕島社は、同和問題についての理解を社員に求めたことはなく、まして阪南産業のように、右問題に関する活動まで強要しなかったのであるから、申請人らが、阪南産業に入社するための右のような条件に反発を感じて、同社への入社の意思を放棄したとしても、それは、箕島社と同一労働条件の会社への再就職を斡旋しなかった被申請人の義務違反であって、被申請人の斡旋行為は本件契約の債務の本旨に従ったものではなく、それを拒否しても、申請人らの受領遅滞となるものではない。

よって、被申請人の雇用保障義務は消滅していないといわざるをえない。

5  仮に、被申請人の述べるように、被申請人の義務は阪南産業への就職斡旋で完了するという前提に立っても、申請人らの阪南産業への就職斡旋は、次に述べるように、申請人らを雇用する意思も能力もない会社への就職斡旋であって、債務の本旨に従った履行の提供ではなく、申請人らに義務を尽くしたという外観を与えるためだけのものであって、雇用保障の趣旨に反したものであって、到底義務を尽したものとは言えない。

(一) 生コン業界では、従来運転手を採用するにあたり、履歴書だけを提出させて、その採否を決定しており、入社試験など行っていないにもかかわらず、阪南産業はこの慣行に反して、突然前述のような面接試験を実施したのである。阪南産業が申請人らを採用する意思がなかったことは明らかである。

(二) 阪南産業の社長は、申請人らに対し、雇用するつもりはないと明言していた。

(三) 申請人らが面接した時点では、阪南産業には既に、ミキサー車六台があり、それに見合う運転手も採用しており、阪南産業のシェアから判断して、新たな運転手を採用することができる状態ではなかった。

以上の諸事情から明らかなように、阪南産業には新たな運転手を採用する能力も意思もなかったのである。被申請人は、その事を知りながら敢えて阪南産業に就職を斡旋したのである。従って、被申請人の履行の提供は、申請人らを欺罔するものであって、債務の本旨に従った履行とは言えず、被申請人の雇用保障の義務は依然として存続しており、被申請人は申請人らに対して、別紙賃金表記載の賃金相当額を支払う義務がある。

第二保全の必要性

申請人らはいずれもサラリーマンで、賃金を唯一の生活資金としているものであるから、賃金の支払いがないことには、申請人らの家族はたちまち路頭に迷わざるをえない。申請人らは昭和五八年六月被申請人より賃金の支払を打切られてから今日までは、生コン支部から犠援金の貸付を受けて生活してきたが、昭和五八年一〇月ころから生コン支部の財政自体逼迫し、その後分裂した関生労組からの貸付もいつ打切られるかわからない状態となっており、早急に被申請人より賃金を支払ってもらわなければ、申請人らの生活が困窮を極めることになる。

よって、申請人らは被申請人に対し、本件契約に基づく賃金相当額の支払を求めるため、本件仮処分申請に及んだ次第である。

(申請の理由に対する答弁)

第一被保全権利について

一  一項ないし四項は認める。

二  五項1は争う。同2(一)は認める。同2(二)は否認する。同3のうち、被申請人と生コン支部との間の交渉により、申請人らの再就職先を阪南産業と決定したことは認めるが、その余は否認ないし争う。同4(一)(二)のうち、阪南産業において申請人らの同和問題に対する理解を確かめるために、主張どおりの面接試験を行ったこと、その結果、申請人らは阪南産業から採用を拒否されたことは認め、その余は否認ないし争う。同5は否認ないし争う。

第二保全の必要性について

すべて争う。

(被申請人の主張)

第一被申請人について

被申請人は、昭和五二年三月三日中小企業等協同組合法に基づいて設立された協同組合で、大阪市内在住の生コン製造業者(現在会員一六、準会員五)で構成されており、大阪市内を販売区域とし、生コンクリートの共同販売を主たる目的としている。

被申請人は加盟会員である生コン製造業者の共存共栄を計る為に、生コンの共同受注、共同販売、共同集金の完全共販体制をとっているが、右共販体制の基本をなすものは所謂シェア(シェアは加盟会員の過去の出荷実績、バッチャー能力、輸送能力等を勘案し、相互理解に立って調整し決定する。)であり、被申請人の販売区域の生コンの需要はすべて被申請人が注文を受け、それを加盟各社のあらかじめ決定していたシェアで加盟会員に割当て、加盟各社は割当てられた出荷量の範囲内で販売する仕組みとなっている。

加盟会員はこのように共同受注・共同販売の実を上げる為に利己主義的行為は規制され、たとえば自ら顧客から注文を受けた場合でも、その有するシェア以上の生コンを販売することも出来ないし、生コン製造能力もその有するシェアに応じたものに制限され、被申請人の同意なくして生産能力を拡大することは出来ない。

しかしながら、被申請人は加盟会員の営業の自由の本質や中小企業等協同組合法に抵触する規制を加盟会員に課することは出来ず、加盟会員は被申請人からの脱退の自由、営業譲渡の自由等を有している。

第二本件契約締結に至る経緯について

一  被申請人は、正当な法的手続に準拠し、生コンプラントを建設し、被申請人と販売区域を同じくする阪南産業から被申請人に加入の申入れを受けていたが、プラントの新増設を認めることは過当競争による加盟会員の経営悪化の危殆化のおそれがあり、又、当時の生コン支部はプラントの新増設は認めないとの立場をとっていたところから、右阪南産業の加入申入れの対処に苦慮していたのである。

しかしながら、正当な手続で新プラントを建設した阪南産業の加入を拒むことは独禁法に抵触するおそれもあり、又、セメント生コン業界の混乱も必至であり、更には、通産省等の行政官庁の加入を認めよとの行政指導もあり、被申請人は阪南産業の加入を昭和五七年一〇月ころには認めざるを得なくなったのである。

被申請人は阪南産業の加入を認めるにしても、プラントの新増設を認めることにならないよう、いわゆるS・B方式を採用することにしたのである。

S・B方式とはスクラップアンドビルドの略称で、生産設備の廃棄する部分と新設する部分を等価交換して、プラントの新増設に該当しないよう現状の能力水準を維持する方法である。

そして被申請人はこのS・B方式でプラント廃棄希望工場を募集し、経営意欲を喪失していた箕島社が、昭和五七年一〇月二七日これに応じたのである。

被申請人がS・B方式により阪南産業の加入を認め、箕島社の廃業届けを受理することは、法的には何ら問題のないところではあるが、廃業により、箕島社から申請人らが解雇されること、そしてS・B方式を新プラントの増設であるとして、当時の生コン支部が箕島社の廃業に反対する抗議行動が予測されたため、被申請人はS・B方式による阪南産業の加入、箕島社の廃業を完遂する為、箕島社の廃業手続に要する負担を軽減し、少しでも生コン支部の抗議行動から箕島社を防禦せんとして、箕島社との間で、被申請人が申請人らの雇用保障を行う内容の疎甲第三号証の覚書を締結したのである。

被申請人の意図としては、右覚書により申請人らは箕島社を退社し、同社から退職金等の金銭を収受し、再就職先は、被申請人が阪南産業の同意を得て同社に就職の斡旋をすることで、生コン支部、申請人らが納得してくれることを期待していたのである。

二  そして、生コン支部は、箕島社及び被申請人に対して抗議行動等を繰り返えし、その上で被申請人に対し、箕島社の廃業、申請人らの解雇を認めるかわりに、申請人らの就職先を斡旋せよ、就職先を斡旋するまで申請人らに従前箕島社から得ていた賃金と同額の金銭を支給せよ等の要求を申入れてきたのである。

被申請人は、生コン支部の抗議行動により疲れきっている箕島社の代表者からの一日も早く紛争を解決してほしいとの切望と、年末を控え生コンの需要の最盛期の時期でもあり、生コン支部の抗議行動により生コンの製造・販売に支障をきたし、顧客に迷惑をかけられないとの立場から、生コン支部の右二点の要求を受け入れることにしたのである。このような経緯、事情により、当時の生コン支部と被申請人は、昭和五七年一二月一三日疎甲第八号証の確認書(本件契約)を締結したものである。

三  その後、生コン支部と被申請人とは、阪南産業のシェアの問題、申請人らの金銭支給期間問題等で話合いを重ね、昭和五八年三月二六日の時点において次のような歩み寄りをしたのである。

即ち、<イ>阪南産業の加入をプラントの新増設ではなくS・B方式による箕島社のシェアの振替えと認めるが、被申請人はS・B方式でなくプラントの新増設にならないよう配慮すること<ロ>申請人らの就職先として、S・B方式による以上阪南産業に被申請人が責任をもって就職を斡旋すること<ハ>申請人らに対する金銭の支給は、被申請人が阪南産業に就職の斡旋をした時、又は阪南産業のミキサー能力と箕島社のミキサー能力との差の調整終了時期若しくは昭和五八年八月末日までとする<ニ>申請人らのうち阪南産業に就職をしない者については退職扱いとし、その詳細は両者で協議して決める<ホ>被申請人は箕島社の廃業、阪南産業の加入問題について生コン支部に陳謝の意を表すること等である。

そして、被申請人は生コン支部と右のような大綱において了解に達した後、昭和五八年四月一日阪南産業の代表者と会談をもち、正式に阪南産業を申請人らの就職先とすることの了解を得たため、被申請人と生コン支部とは、昭和五八年四月一三日疎甲第九号証の確認書を締結したのである。

右確認書第一項は、前記生コン支部と被申請人の了解<ホ>を明文化したものであり、第二項は同<イ>の阪南産業の加入はプラントの新増設ではなくS・B方式であることを徹底するための措置を明文化したものであり、第三項は同<ロ><ハ>の被申請人が責任をもって申請人らを阪南産業に就職の斡旋をすること、右斡旋するまで申請人らに金銭を支給すること、第四項は、申請人らが阪南産業に就職をしない場合の退職等に関しては生コン支部と被申請人とが委員会を設け別途協議すると明文化したものである。

第三被申請人が申請人らに金銭支払を打切った経緯・事情について

一  被申請人は、阪南産業に申請人らの就職の斡旋の責務を履行すべく、昭和五八年五月二一日阪南産業に採用面接試験を実施してもらうことにし、申請人らに右期日に面接試験を受けるよう通知をした。

ところが申請人らは右期日において阪南産業の同和問題を正しく理解しているかどうかを確認する面接試験において、全員同和問題を正しく認識、理解しようとせず、その為阪南産業は申請人らに就職の意思はないと判断し全員不採用にした。

被申請人は、阪南産業に不採用の原因を尋ね、申請人らに対し、同和問題を理解すべく強く申し入れておくから再度の採用面接を実施してほしい旨要望し、その結果、昭和五八年六月八日再度の採用面接が行われたが、申請人らはまたもや、同和問題を全く正しく認識、理解しようとせず、その為阪南産業は申請人らの就職の意思なきものと判断し、全員を不採用とした。

二  被申請人は、このように阪南産業に申請人らの就職を斡旋するとの責務を完遂したのであるから、申請人らに対する金銭支払義務はその時点で消滅したのである。

なお、疎甲第九号証の確認書第三項は「阪南産業に就職させるものとし」との文言になっており、申請人らが阪南産業に就職するまでは被申請人には申請人らに金銭支払義務があるとの解釈も考えられるが、右解釈に立脚しても、申請人らはあえて同和問題を正しく認識、理解しようとせず、就職の意思なく阪南産業をして採用を拒絶させたのであるから、被申請人は、申請人らが阪南産業に就職したもの、即ち条件が成就したるものとして申請人らに対する金銭支払義務が消滅していることを主張しうるものである。

第四本件申請には保全の必要性が存しない。

本件申請における被保全権利は、解雇無効等を前提とする賃金請求権ではなく、私法上の契約に基づく贈与金であるから、保全の必要性として、通常のいわゆる賃金支払仮処分申請の如き労働者の生活の困窮の度合の主張のみでは不充分であるといわざるをえず、本件においては申請人らは、特別の事情の主張立証はもちろん、生活の困窮の主張立証もなし得ていない。従って本件申請には満足的仮処分としての保全の必要性即ち本案判決を待っては、回復することのできない重大な損害はないというべきである。

理由

一  (申請の理由)一項ないし四項、五項2(一)、同項3のうち、被申請人と生コン支部との交渉により、申請人らの再就職先を阪南産業と決定したこと、同項4(一)(二)のうち、阪南産業において申請人らの同和問題に対する理解を確かめるために、申請人らの主張どおりの面接試験を行い、その結果、申請人らは阪南産業から採用を拒否されたことは、いずれも当事者間に争いがなく、本件疎明資料並びに弁論の全趣旨を総合すれば、(被申請人の主張)第一、第二の一項ないし三項(但し、三項のうち、昭和五八年三月二六日になされた歩み寄りの<ハ>については、申請人らに対する金銭の支給の終期について、昭和五八年八月末日までとするとの点は認めがたく、かえって、右期日は、阪南産業と箕島社とのミキサー能力の差の調整終了時期のめどを定めたものと認められる。)及び第三の一記載の各事実が、一応認められる。

二  そこで本件契約の趣旨内容について判断する。

1  右争いのない事実及び認定事実、とりわけ、本件契約締結に至る経緯、即ち、被申請人においては、阪南産業からの加入申請に対する対応に苦慮し、プラントの新増設は認めないとの立場をとっていた生コン支部への配慮もあって、阪南産業の被申請人への加入を認めるために、いわゆるS・B方式を採用したこと、そしてプラント廃棄希望工場を募り、これに箕島社が応じたこと、しかし箕島社の廃業に伴い申請人ら従業員が解雇されるため、生コン支部の抗議行動が予想されたこと、そこで阪南産業の被申請人への加入及び箕島社の廃業をスムーズに行うとともに、予想される生コン支部の抗議行動から箕島社を防禦する意味もあって、被申請人は箕島社との間で、被申請人がその責任において申請人らの雇用保障を行うとの内容の覚書を締結したこと、そして申請人らの就職先の斡旋と、斡旋するまでの間、箕島社から得ていた賃金と同額の金銭を支給せよとの生コン支部の要求に応じて締結されたのが本件契約であることなどに照らすと、本件契約にいう「雇用保障」とは、箕島社から解雇された申請人らが再就職できるように、被申請人において、適当な雇用先への就職斡旋を誠意をもって行うことを意味するものと解するのが相当であり、右雇用保障とともに就職斡旋(通常は、それにより再就職することになる。)までの間、申請人らが箕島社で支給を受けていた賃金と実質同額程度の生活費(その具体的な金額は、ほぼ別紙賃金表記載のとおりと認められる。)を、被申請人において支給(贈与)するというのが、本件契約の内容であったということができる。

(なお、本件契約は、その類型からすると、申請人らを第三者とする第三者のためにする契約である。)

2  そして右にいう適当な雇用先とは、本件契約締結に至る経緯や契約内容に照らし、申請人らが従前箕島社で得ていたのとほぼ同程度の労働条件が、一般的にみて確保できると認められるような雇用先をいうものと解するべきである。

けだし、本件契約の如き、被申請人において自ら申請人らを雇用するのではなく、他に斡旋すべき雇用保障契約においては、その斡旋先がいかなる労働条件の雇用先であっても、被申請人において斡旋を行えばそれでもって契約の本旨に従った履行を行ったものとは解しがたく、具体的な労働条件については申請人らと再雇用先との間の労働契約によることにはなるものの、斡旋先企業の業種、申請人らの担当すべき職務内容、一般的労働条件(水準)等については、当該雇用保障契約の趣旨内容等により決定すべきものと思われるからである。

もっとも、本件の如き雇用保障契約においては、被申請人において右に述べた意味での適当な再雇用先を斡旋した場合でも、申請人ら及び再雇用先においても互いに相手方を選択する自由を有しているため、種々の理由や事情から労働契約の締結がなされない場合が起りうる。

しかし、そのような場合においても、被申請人において適切な再雇用先に対し、申請人らの雇用を実現すべく斡旋行為を誠実に行ったと認められる場合には、被申請人においてはそのなしうる行為を誠実に履行したものと考えるべきであるから、たとえ申請人らが再就職しなかった(できなかった)場合でも、その斡旋行為によって申請人らが再就職したのと同視すべきであると解するべきである。

けだし、さもなくば、申請人らあるいは再雇用先の意思という被申請人の責に帰すべからざる事由により、いつまでも申請人らの再就職が行われないこととなり、その結果、賃金相当額の生活費の支給を継続せざるをえないことになるからである。

3  従って、まず被申請人において、適当な、即ち、申請人らが箕島社で得ていたのと同程度の労働条件が確保しうると考えられる再就職先を選択し、右就職先に対して申請人らを雇用すべく働きかけるとともに、申請人らに対しても右再就職先の経営内容等を知らしめて、双方が労働契約の締結の実現に向けて努力を行うようにすべき義務があり、申請人らにおいても、右斡旋先がほぼ同程度の労働条件が確保できると認められる場合であれば、他に特段の事情のない限り、右斡旋先に雇用されるように努力すべき義務が存在するものというべきである。

4  そして被申請人と生コン支部との間において、昭和五八年四月一三日締結された確認書(疎甲第九号証)第三項(再就職先を阪南産業に特定した条項)の趣旨については、右に説示したとおり、被申請人において申請人らの再就職先として阪南産業を選択し、その企業内容等を申請人ら(生コン支部を通して)に知らしめたものと解するべきであり、斡旋先の対象を阪南産業に限定したものとは解せられないというべきである。

三1  そこでまず、被申請人の斡旋(選択)した阪南産業が右にいう適当な再就職先であったか否かについてみてみるに、前記争いのない事実及び認定事実によると、阪南産業においては同和問題の理解が入社の絶対条件であり、入社後においても右問題に関する活動を積極的に行うことが要求されていると考えられるので、右活動を行うことが労働契約の一内容になっており、労働条件のうちでも重要な部分を構成していると解するのが相当である。

2  そして疎明資料及び弁論の全趣旨によれば、申請人らが従前雇用されていた箕島社においてはかかる労働条件は付されていなかったこと、阪南産業が右問題に関する活動を行うことを重要な労働条件としていることについて、被申請人においても充分これを認識していたことが認められるので、被申請人は、申請人らが箕島社で得ていた労働条件について、重大な変更のなされることが明らかと思われる再就職先を選択し、申請人らに対して斡旋したものといわざるをえず、被申請人の行ったかかる斡旋行為は、箕島社におけるとほぼ同程度の労働条件が確保しうると考えられる就職先への誠実な斡旋行為であったとはいいがたいものというべきである。

3  従って、申請人らと阪南産業との間で労働契約が締結されなかった原因や理由の如何にかかわらず、被申請人の行った斡旋行為(選択)は本件契約の債務の本旨に従ったものとはいいがたく、本件契約に基づく被申請人の雇用保障(再就職斡旋)義務、賃金相当額の生活費支給義務は、未だ消滅していないものといわざるをえない。

そうすると、本件仮処分申請における被保全権利の疎明はなされたものというべきである。

四  そこで仮処分の必要性について判断するに、疎明資料及び弁論の全趣旨によれば、申請人らはいずれも、箕島社から解雇された後は、本件契約に基づいて被申請人から支給を受けていた賃金相当額の生活費(その平均額は、別紙賃金表記載のとおりと認められる。)によって生活してきたこと、被申請人が右生活費の支給を打切ったことにより、申請人らは生コン支部(分裂後は関生労組)の支援によってこれまで生活してきたが、現在ではその生活の維持にも支障をきたすようになってきており、本案の確定を待つゆとりのないことが一応認められるので、本件仮処分の必要性の疎明もなされたものというべきである。

なお、被申請人は、本件被保全権利が解雇の無効等を前提とする賃金請求権ではないことを理由に、生活の困窮等の主張のみでは保全の必要性の要件としては不充分である旨主張するが、本件の生活費支給請求権は、本件契約の趣旨内容に照らすと、賃金請求権に準じて考えるのが相当と思われるので、本件仮処分の必要性に関する申請人らの主張立証をもって充分というべきである。

五  結論

以上のとおり、本件仮処分申請においては、その被保全権利及び必要性ともその存在が疎明されているものということができるが、本件契約締結の経緯及び契約内容自体に照らすと、契約当事者双方のみならず、申請人らにおいても、本件契約が相当長期間にわたって効力をもつものと考えていたとは認めがたく、かえって合理的にみて相当な期間内に被申請人において斡旋行為をなすことを当然の前提としていたものと解するのが相当である。

従って、右に述べた本件契約の特質のほか、申請人らの生活状態、被申請人と申請人らとの関係等諸般の事情を総合考慮すると、被申請人において再就職の斡旋行為をなすべき期間として、向後六か月間(昭和五九年七月から同年一二月まで)が相当と思料されるので、被申請人としては、右期間内に申請人らが前判示のとおりの適当な雇用先に再就職できるように誠実に斡旋行為を行うとともに、右斡旋行為により申請人らが再就職するに至るまで、申請人らに対し、賃金相当額の生活費(昭和五九年四月分から同年六月分までの三か月分を含む。その一か月分の金額については別紙賃金表記載のとおり。)の支給を受けることを無保証にて認容することとし、その余の申請人らの申請はいずれもこれを却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 中村隆次)

当事者の表示

申請人 西村好男

同 田村昭

同 門元隆美

同 溝上朝雄

同 浜板芳彦

同 徳野賢二

申請人ら訴訟代理人弁護士 後藤貞人

同 三上陸

同 菊池逸雄

被申請人 大阪地区生コンクリート協同組合

右代表者代表理事 三木哲夫

被申請人訴訟代理人弁護士 清水伸郎

同 中井忠博

賃金表

<省略>

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